「量と質」
名古屋の「社会人落語楽語の会」。そのいくつかある定席の一つ「萬徳寺寄席」
私が13年ほど前この会に入れてもらって初めて出させてもらった落語会。久しぶりの出演
だった。本と何年ぶりだろう。もう7,8年になるだろうか。
いつものように事前にネタ合わせがあって、トリで「宿屋の富」をやらせてもらった。
この日は出演者は5人。前半3人、後半2人で、私の前「食いつきひざ」でお客様がワッと
わいた。よしとばかりに高座に上がった。お客様は硬くもなく、過剰な反応もなく、何となく
そこそこで終わった。でも自分の中では噺のタイミングがずれているような感覚だった。
落語会も終わり、後片付けもすんで楽屋で何となく反省会のようなことになった。その時
出演者の中のA氏が、「志ょ朝さん、最近噺が雑になってきたね。」と忠告してくれた。
このようなことは、我々の仲間では珍しいことではない。どこの会場でも楽屋で結構
言い合っている。お互い悪気があって言うのではない。私もA氏の言いたいことの50%も
理解していないかもしれないが、助言として受け止めた。
すると、すかさずB氏が「志ょ朝さん、最近出演数が多いからね。」と言ってくれた。B氏も
私を弁護してくれたのか、雑になっている要因を指摘してくれたのか。
この2人の意見を真面目に受け止めたいと思う。楽語の会のメンバーの中では私なんか
駆け出しなので偉そうなことは言えないが、A氏は、私のできる範囲の中で雑になってるよ
と言ってくれたのだと思う。
確かにそうなのかもしれない。元来私は稽古が嫌いなほうである。噺の途中で噛むことは
しょっちゅうだ。自分なりに悪いところは改善していかなきゃならないが、なかなかできない。
これを機会にできるところから、やって行きたい。
もっと反省をしなければならないことがる。せっかく萬徳寺でトリを取らせてもらったのに
中途半端に済ませてしまったこと。自分が悪いのにお客様のせいにしたこと。忙しいのを
できの悪さにしたこと。まして、NO.3↓に書いたようなことが、実は自分の落語の質が
悪かったのに、分からなかったこと。
赤面の極みである。
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